ミャンマー・インド国境は茫漠なオフロードの先に ー ミャンマー・インドの旅(8)
※マンダレーから国境を超えてインドのアイゾールに到達するまでの記録は既に英語で下の記事にまとめましたが、日本語でより詳しく振り返っていきたいと思います。
カレーミョのShin Hong Hotelで一泊。朝食はGoogleのレビューによるとやや酷評気味だった。でもまあ無料である分には食べておいた方が特だという妥当な判断から食堂に向かってみると、想像よりもかなり綺麗に仕込みがされている。そして、美味しい。
カレースープ、目玉焼き、バナナ、天ぷらに近い揚げ物、野菜炒め、ライスにパン。
味覚音痴だとかそういう問題ではない。
これは普通にGoogleレビューを書いた側に問題があるというレベルだった。
さて、今日は国境手前の街、チン州・テディムへと出発する日だ。
乗り合いバンの予約は事前に宿のフロントにお願いしてあった。料金は8000kyat。国境のRihkhawdarまでは15000kyatとのことだったが、前に観ていたYouTubeの動画以来、テディムにぜひ行ってみたいという衝動のようなものが消える事なく続いていたので、迷わず前者を選択した。
朝食を食べ終えてロビーに戻るとすでにピックアップでバンが到着していた。見ると何人かの乗客が既に乗り込んでいる。僕は如何にも日本人らしいお人好し精神を発揮し、二階の部屋に戻るや否や、荷物を手っ取り早くまとめてチェックアウトし、急いでバンに乗り込んだ。
バンは一旦バスターミナルへ行き、料金を徴収された後に西進する。乗客は運転手を除いて6人。バンは普通に大きいので特に窮屈さを感じることはなかった。
しかし、唯一の難点は助手席に乗ったおばちゃんがとにかく喋り倒す人間だったことである。運転手と顔馴染みなのか、結構な声量でいつまでも話が途切れない。どこに行ってもおばちゃんの活力たるは無限である。
いつになったら疲れて静かになるのだろうかと思っていたら、丁度山道へ入らんとする所でバンは路肩に止まった。すると、騒々しかったおばちゃんが急に念仏のような強弱のはっきりした流れのある声で何かを唱え始める。周りを見渡すと、誰一人としてその急激な物々しさに動揺すらせずに、ただただ目を瞑り、首を垂れていた。
それを見てそれがローカルなお祈りである事を直感的に悟った自分は、とりあえず見様見真似で目を瞑り、おばちゃんのお祈りが終わるのをじっと待った。
そして最後、"Amen"が車内一体となって響き渡ると共に、お祈りは終わった。(勿論自分は言い逃した。)そして何事もなかったかのように、バンは再び走り始める。
お祈りは感覚的なせわしさに比べて、実際はそんなに長くはなかった。
が、間違いなくこの1分半ほどの空気の変化こそ、これから突入する文化圏がこれまでのミャンマーとは異なっていることを感じさせる瞬間だった。
このお祈りから結構経っただろうか、あまり正確には覚えていないが、段々と道路が地面剥き出しになったりならなかったりを繰り返し始める。揺れは勿論だが、丁度乾季ということもあって、砂埃がひどい。道路幅が対向車と難無くすれ違えるくらいの時は完全にホワイトアウトである。舗装というのは、単に揺れとか、スピードとか、ガソリンの消費効率とか、一辺倒にしばしば語られるもの以上の効果があるのだなと実感した。
ちなみに、今回はいつも日本から数枚持ってきている使い捨てマスクが一番重宝された旅でもあった。
途中、朝食を兼ねた休憩があった。自分はもう既に宿で食べ終えていたので適当にぶらついたのだが、いよいよ来るところまできてしまった感がした。勿論良い意味で、である。
バンは再び走り始める。
助手席のお祈りおばちゃんは朝食を食べて眠気が襲ってきたのか、急に黙り込むと、うとうとし始めていた。その頃になると、僕もこの原風景に見慣れ始めたのか、徐にその地で暮らす人々に思いを馳せるようになった。しかし、彼らの価値観をどんなに慮った所で、数秒単位で変化していく視覚情報のみでは、彼らは所詮「彼ら」として見なすほかできなかった。そんな情けなさから突如として空虚な気持ちが襲い始めたので、変な事は考えず、ただ視覚のみに集中し、その一瞬一瞬を克明に脳裏に焼き付けるという単純作業に徹する事とした。
暫く走っていると急に砂埃でベージュ一色だった視界が急に開ける場所があった。
と同時に、バンは相変わらず何の口説明も無しに、だだっ広い路肩に停車した。一番ドアよりの席に座っていた自分は、こんな辺鄙な場所で止まると言う事は何かしら降りなければいけない事情があるのだろうとすぐに察し、経年疲労で凝り固まっているドアを両手で無理やり開けて外に出た。
するとそこには360°、濃い緑色をした山々が広がっていた。ここはどうやら、所謂絶景スポットと言うべき類の場所なのだろう。隣に座っていた男女二人のカップルは僕の背中に続いて外に飛び出すと瞬く間にいちゃつき始め、写真を撮り始めた。僕は何となくそんな瞬間を邪魔してはいけないという理性と、単純に独りで美しさを独占したい欲から、彼らの声が聞こえない程度に距離をとってミラーレスカメラ越しに景色を眺めつつ、若干の感傷に浸っていた。
すると、何を思ったのか、カップルは僕の方に歩み寄ってきた。そして、写真を撮ってあげようか?と流暢な英語で話しかけてきた。どうやら独り身の僕のぼーっとした姿を気にしてくれたようだ。折角なので僕はミラーレスではなく、バックの前ポケットからスマホを取り出して、25歳くらいの女性の方に渡した。特にポーズも無しに、体が持っていかれるかと思うくらいの風の中で、数枚、撮ってもらった。そして彼女は一言。
「独りでどうしてこんな所に来てるの?今日、バレンタインでしょ?」
まさかこんな辺鄙な地でストレートな煽りを受けるとは思いもよらなかった。
が、生憎僕はその瞬間までその日がバレンタインだなんてこれは意識の範疇に無かったので、とりわけ彼らのいちゃつきを見て変な妬み、嫉みを感じることもなかった。
割り切っていた。
バンは再び走り始める。
車内に戻ってもカップルとの会話は大分続いた。
どこから来たのか、どうしてテディムなんて行くのか、テディムの宿はもう決めているのか。テンプレートのようなやり取りだが、その一つ一つが今回の場合は貴重な情報になるので、一言一句聞き逃すまいと珍しく集中して会話をした。
するといつの間にか、家が立ち並ぶ景色がやけに長く視界に入るようになった。
聞くともうそこはテディムだった。
明日はテディムでの彼是についてまとめていきます。