はざまを彷徨う

世の中の境界とそのワクワク感についての個人的雑感

ウズベキスタンは遠かったー中央アジアの旅・プロローグ(1)

 

今日から数日間に分けて、去年の9月に訪問した中央アジア(ウズベキスタンカザフスタンキルギス新疆ウイグル自治区)の旅のまとめをしていきたいと思う。今日明日はそのプロローグと言うべき、ウズベキスタンに到着するまでの果てしない道のりを綴る。

 


 

一カ国目・ウズベキスタンまでの道のりは果てしなく困難なものであった。

 

 

インド・パキスタンの悪夢

思い返せば全ての悪夢はここから始まった。この中央アジアの旅の十日ほど前に、学科の授業の一環でインド・パキスタンを訪問した。(こちらもできたら後々まとめたい。)

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シーク教の聖地・黄金寺院が立つ、パキスタン国境の街・アムリトサル。この次の日に洗礼は始まるのだが、何か祟ったのか。

ここで、所謂「洗礼」を受けた。インドからパキスタンへ渡ったその日の夜から、急激な腹痛と水下痢、吐き気が始まったのだ。とにかく非常にキツかった。発症して2、3日は夜通し10分間隔でトイレに駆け込む程だった。

 

幸いにも吐き気と腹痛は1週間程度で収まったのだが、水下痢は中央アジア訪問中も続き、帰国後も1ヶ月近く苦しまされることになった。正露丸は一瓶全部飲みきった。

 

皆さん、インド・パキスタンに行く時はある程度の覚悟を持っていきましょう。

 

三途の川を渡ろうとするiPhone

パキスタン帰国直後に三泊四日で訪れていた山中湖での学科の演習は、水下痢のせいで非常に辛いものであった。

中でも一番の悲劇は三日目の夜(ウズベキスタンへ向けて立つ前日)、トイレに駆け込んだ瞬間に起きた。

 

今回の演習中は、ほとんど履いたことのないスポーツウェアの半ズボンで過ごしていたのだが、こちらのポケットさんが非常に浅く、歩いているだけでスマホを何度か落とす程のタチの悪い輩であった。

 

 

が、まさかトイレに駆け込み、座ろうとした瞬間、便器の中にiPhoneをダイブさせるほど憎いやつだとは想像さえしなかった。まあ、水下痢の中にダイブさせなかったあたりは優しさなのかもしれないが、そういう問題ではない。

 

 

しかもその後、メカ知識が圧倒的に不足している自分は、何も考えずに水没したiPhoneの電源をつけてしまった。

(iPhoneが水没して電源を入れるとショートし、データが全飛びするリスクが結構あるらしい。将来同志になってしまった人は、ぜひ気をつけてください。)

この時はiPhoneの画面やタッチに支障がなかったのでまあ大丈夫やろと思い、水分だけ拭き取って部屋に放置し、風呂へ向かった。

 

 

しかし、20分くらい経っただろうか、部屋に戻ってくると、iPhoneは高熱を出し、りんごマークをチカチカさせていた。

 

 

 

瀕死状態だった。

 

 

 

救命措置として乾燥剤とジップロックiPhone内部の水分を取り除くというネットの作戦を試みるも失敗。残された手段は修理ただ一つとなってしまった。

 

しかし、後々分かることだが、iPhoneの水没修理は1時間程度待たないといけないらしく、出発当日に山中湖から成田空港へ直で移動するというタイトなスケジュール組んでしまっていた為に、修理にだけ出して回収は帰国後としてもらうのが精一杯だった。(一応何とか三店舗回っての最善策であった。)

 

こうして、秋葉原で4000円で購入したスペア用の格安スマホのみという激弱装備で未知なる国と戦うことを強いられるようになったのである。

 

 

最終の成田空港行バスに乗れない危機

iPhoneを東京駅にて修理に出すという任務が出国前に追加で課されてしまった為に、ただでさえタイトなタイムスケジュールだったのがさらにギリギリに。その結果、出国1時間前に成田空港に着くバスを逃したら飛行機に乗れないという絶体絶命の状況に追い込まれた。

しかも、そのバスは先着順。

修理が終わり次第、めちゃ重いバックパックとリュックサックを前後に背負ってバス乗り場に走って向かうも、そこには見た瞬間に絶望してしまうような圧倒的な長蛇の列がそこにはあった。

 

 

 

一抹の不安がよぎった。

 

 

 

のも束の間、不安が的中した。

 

 

 

係員の人が目の前の客まで数えきった瞬間。

「一旦ここで締め切らせていただきます。」

 

 

 

 

終わった。

嗚呼、嗚呼、中央アジア

 

 

 


 

しかし、神は自分を見捨ててはいなかった。

(明日に続く。)